布製解体人形(序章)
シメノンドール
シメノンドールは等身大人形である。——などといってみたりしたい気持ちの裏腹には〈等身大人形〉にたいし、何かしらの色欲的な響きを感じ取っているところがあるのかもしれない。
もうすぐシメノンドールは完成する。といっても、親しい友人にはもう何年も前からそんなことを言っていたりする。もちろん個体としての仕上がりではなく、ノウハウ、仕組み、設計としての完成であり、不遜ながらも、そこには普遍的な等身大人形としての確立があるものと自負している。
そしてそれはまた今後、幾世紀にもわたって、等身大人形といえばコレ、という文化的な王道、もしくはサブカルチャーにおける等身大人形の主流、本流と位置づけられることを悲願としている。なので他と区別してもらうためにも、おこがましく「シメノンドール」という名をつけた。
シメノンドールを完成させるにあたって、当然ながら先達の技術を参考にさせてもらっている。けっして自分一人の力で創造し作り上げたとは思っていない。だから「しめのん」という名前にも、格別な意味や個人に結びつく由来も何もない。まったくのひらめきであり、しいていえば、「しめの」という言葉に「一般の立ち入りを禁止している場所」という意味があると知っていたことくらいで、あとから、それならば万葉集が典拠となるなと考えている次第である。
しめ‐の【標野】
皇室などの所有する原野で、猟場などにされ、一般の人の入ることを禁じた所。禁野。万葉集(1)「あかねさす紫野ゆき—ゆき」
広辞苑(第六版)株式会社岩波書店
ちなみに、個人的に百人一首が好きで覚えるのも苦ではなかった。「しめの」が入った歌は百人一首のなかのものではないが、アニメ『ちはやふる』では感動シーンで使われている。
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
額田王『万葉集』巻一(20)
カスタマイズ可能な仕組み
じつは僕自身、最初からつよく人形を作ってみたいという意志があったわけでもなく、ただなんとなく、いつか作ってみたいなという、ゆるい願望めいたものを長い間かかえていただけだった。それゆえに、オーナー(もしくはユーザー)目線で、もし自分が作るんだったら、ああする、こうする、と折に触れ身勝手な思いを巡らせていた。実際にシメノンドールを開発するにあたり、それらがほぼ実現できたと思う。
シメノンドールは、布製解体人形である。容易にオーナーが自分好みのオリジナルの人形に作りかえることができる、ということに重きをおき、布人形やヌイグルミにありがちな「洗濯できない」問題も解決した。もちろん取り外しカバー(ヘッドカバー、ボディーカバー)の話だが、本体も、ファスナーを開けて中身の化繊綿と骨格代わりのワイヤーを取り出してしまえば、洗うことができるし、その際に補修や改修も可能だ。
布の寿命が何年かはわからないが、オーナーの寿命よりは長くしたいと考えていたので、その方策として、まずは取り外しカバー(ヘッドカバー、ボディーカバー)を、オーナー自身が作れるようになれば、いつでも新品同様のものに生まれ変われるのではないか、という結論に至った。なので、何点か作品を世に出したのちには、カバーの作り方を公開したいと思っている。
シメノンドール本体の作り方もいずれ公開して、自作の布人形(等身大人形)の文化をこの国から世界に広めていきたいと思っているが、自分自身まだ満足いくようなものが作れていないので、それがいつの話になるのかはわからない。人形制作に興味のある人がいたらすこし気長に待っていてほしい。